フォトエントランス日比谷 ファイナル写真展 「銀塩主義」

http://www.fujifilm.co.jp/photoent/gallery/gallery_info.html

プロもアマも含めた総勢100人による、銀塩(フィルム)だけの写真展。これを最後にこのギャラリーは閉鎖される事となっており、その為もあってか、衰退に継ぐ衰退を繰り返す銀塩写真のイメージと重ねられ、無意識的にではあろうがフィルムへのオマージュ的な様相を呈している。

だからいかにもコンテスト狙い的な「作品」や、他者と差別化せんが為の自己主張は影を潜めている。それよりもそれぞれの撮影者の、フィルムと長い時を過ごしてきた思いが、飾り気無く伝わって来る。

だからこの100作品は、そのまま私達のアルバムであるとも言える。普通の人が普通に取り溜めたアルバム。そんな写真でしみじみ出来るのはやはり銀塩ならではと思う。表現のツールとしてならデジタルもアリかもしれないが、普通の人生の普通の時を刻むならやはり銀塩が相応しい。

この写真展は、そういう銀塩の良さを余す事無く伝えてくれると思う。銀塩ファンもそうでない人にもぜひ訪れて欲しい。

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ライカ プラドビット D-1200 チョイインプレ

ライカが写真に特化したDLPプロジェクターを発売した。というニュースは既に一年前のものだけども、ここへ来てやっとライカショップに足を運んで実機を見る事が出来た。

店内では常時プロジェクションが行われていたが、照明の影響でぼんやりとしか見えない。実機は天井にあって細部を確認できないし、ショーケースでの展示さえ無いし、あまり売る気がないのだろうか。とりあえず店員さんにプロジェクター付近の照明を落としてもらうようお願いし、じっくり見てみた。

パっと見て、ライカ特有の透明な空気感がプロジェクター上でよく再現されているのがすぐに分かった。通常のデジタルプロジェクターで見る地デジのようなクッキリハッキリカチコチ画像とは明らかに違う世界だ。いかにもライカのデジカメ画像と相性が良さそうな雰囲気が伝わってきて、フィルム派の自分でも拒否反応を起こさず画像を眺めていられる。

解像度については230万画素程度だから、近づいてしまえばやはりそれなりの解像でしかない。しかし画像全体を把握できる通常の位置で鑑賞すると、解像感の低さはほとんど感じない。それよりも前述の空気感や虚飾の無い色表現により、素直に美しいと感じる事ができる。

致命的なのはやはり縦写真だ。横写真と混ぜてスライドショーされていると、縦写真が来た時には思わず「ショボ!」と叫びそうになる。PCディスプレイで見る縦写真はそれほどショボくは見えないが、プロジェクターだとなぜかショボ感がアップしてしまう。やはりプロジェクションは大きさが命であり、物理的な大きさと心理的な感動が直結してしまう事を改めて痛感した。この縦写真問題が解決されない限り、一枚一枚をじっくり見るような写真鑑賞の道具とはなり得ないであろう。それは予め想像できていた事ではあるけども、実際には想像以上。ちなみに縦置きでの使用は避けるようマニュアルに記述がある。

そのかわりPCライクなフォトスライドショーを流して見るにはかなりうってつけな感じで、自宅のリビングで気軽にこんなものを楽しめるとしたら、まあ相当オシャレだろうと思う。その為だけにこれを買える財力があり、なおかつそういう心理的な余裕がある生活なら、それは素直に羨ましい事だ。とはいえ現実的には、ちょっとオシャレな店舗のディスプレイ用途というのが、値段も含めて最も納得しやすい用途ではあるけど。

もう一つの特徴として、軽量コンパクトな事がやたら強調されて宣伝されている事にも気付く。積極的に持ち運んでフォトプレゼンテーションするような用途を見込んでいるのだろうか。確かに出先で拝借できるプロジェクターはデータプロジェクターが多いだろうから、少しでも写真を見映えよく見せようとこれを持ち運ぶシーンは容易に想像できる。少なくとも漬物石のように重いスライドプロジェクターを持ち運んでいる人にとっては、3.6kgという重量は魅力に思えるだろう。

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ルーペ不要論

某kakaku.comにも書いた事だけど、フォトルーペというのは本当にしょぼい見え方しかしない。4倍から5倍程度だと、「小さな字が大きく見えてラクでしょ?」程度な見え方しかしないし、8倍10倍だと木を見て森を見ず状態になる。それでも本当に細かいチェックがやりやすければまだ許せるが、実は全然やりやすくないのだ。

はっきり言って、プロジェクターの再現力の方がルーペのそれよりも遥かに上である。ローエンド機種のアカデミカでさえ、定評のある4倍ルーペと8倍ルーペを足したよりも遥かに高い再現性を持っている。問題はプロジェクション特有の煩わしさであるが、これもブック型スクリーンとスリーブキャリアを使えばかなり軽減され、ことさらルーペを買い足す必要性は感じられない。もちろん色温度の問題は残るが、いずれにしろルーペでは色温度を云々するような高度な見え方はしないのだ。なんだったらポジを蛍光灯にかざして汎用のデスクルーペで覗けばいい。専用品と言ったところでその程度の見え方でしかない。

この事はもっと声を大にして言われるべきである。なぜなら、ルーペ程度のしょぼい画像をリバーサルの真髄と勘違いし、それに見切りをつけてデジタルに走ったり、ネガに走ったり、あるいはせっかくのフィルムなのにデジタルスキャンにしか活路を見出せなくなった人々というのが、少なくないように思われるからだ。ルーペを使うなら使うでかまわないけども、あくまで簡易チェック程度にしか使えないことは、きちんと踏まえた上で使うべきである。

こういった道具は、大量のポジを迅速にチェックする為の道具なのだろう。いくらアカデミカの方が画質が良いと言ったところで、それで百枚単位のポジをチェックするのは大変だ。ルーペを使う場合、ライトボックスさえ十分な大きさを持っていれば、一気に大量のポジをおけて、かたっぱしからルーペでチェックする事が容易になる。もちろん細かいチェックなどできないわけだが、プロともなればそのしょぼい画像から印刷の上がりまで想像がつくようになるのかもしれない。

そんな作業が定期的に必要ならばルーペは不可欠な道具と言えるかもしれないが、一枚一枚とじっくり付き合うようなアマチュア的用途においては、たいして必要でもないものだ。「ポジを始めるならまずルーペとライトボックス、それも高価なものを」という誤った常識に、くれぐれも振り回されないで欲しいと思う。無理して買う事は無いし、買うにしても安いもので十分なのである。

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中判プロジェクションへの悩み

ぶっちゃけ35mmクセノンプロジェクターで個人的には「上がり」なのである。重いとかうるさいとか将来のランプ供給が不安とか、そういう画質以外の要素では色々悩むところがあるが、画質面では本当にパーフェクト。何の不満も無い。

だから例え相手が中判プロジェクションであろうと、それが250W程度のハロゲンランプである限り、まったく負ける気がしないのだ。プロジェクションの場合は粒状性はさほど気にならないし、いくら細かい描写ができたとしても、その明るさではフィルムの能力を100%再現できない事は既に私達は学んでいる。

とはいえ、実物を見ずに予想ばかり立てていても仕方が無い。現状に不満があるわけではないが、もしさらに上があるなら見てみたいと、そういう好奇心でもって中判プロジェクターを調べている。現行で新品で手に入るのはローライとkindermannの6×6、Goetshmannの6×7ぐらい。日本では余り知られていないようだがGoetshmannというのは高級プロジェクターメーカーで、例えばG8585 S2というモデルは、なんと1200Wのメタルハライドランプを装備している。ただしクルマ一台ぐらい買えそうな値段になるかもしれないので、もう少し現実的なところではG67Pというモデルがあって、こちらはハロゲン400Wながら、なぜか6000ルーメンもの明るさがあるという。下位モデルのG67が1000Wハロゲンなのに3000ルーメンにとどまっているのを見れば、G67Pがとんでもなく高い効率を持っている事が分かる。

ただしGoetshmannの場合はメインが6×7で、6×6はプッシュプルキャリアという手差しキャリアオプションを使う事になるらしい。で、私が欲しいのは6×6なのだ。たまになら手差しも良いが、いつもそうだとなるとちょっとやってられない。そうなるとローライかキンダーマンの方が良いという事になるろうが、そうすると今度はハロゲン250Wしかないというジレンマにぶちあたる。中判は35mmと違って色々なフォーマットが混在しているから厄介だ。中判プロジェクターを作るメーカーが少ないのも、案外その辺に原因があるような気はする。

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スライドプロジェクター クセノンとハロゲンの画質の違い

クセノンの強烈な明るさと白昼色に近い色温度による映写は、まさに凄まじいの一言である。画面のコントラストが上がり、画面の隅々まで光が行き渡り、ハロゲンが苦手とする微妙な太陽の光も忠実に再現してくれる。ハロゲンでは例えば朝の淡い光のどこまでが現実でどこまでがカラードリフトなのかわかりづらかったが、クセノンならそういう微妙なニュアンスも一発で分かる。

さらにコントラストが上がって画像に安定感が出るようで、いかにも「幻灯機」というような儚げな感じがまるでしないのだ。今時の高輝度デジタルプロジェクターだろうがなんだろうが、この映写に勝てる機械が存在するのか?と思ってしまうほどだ。

一方のハロゲンだが、こちらがそんなにダメかというと、決してそんな事はない。映写一発目の派手さはないものの、じーっと見ているうちにフィルムの奥行き感や階調、それに解像感までもがじわじわ押し寄せてくる。先ほどまでクセノン以外有り得ないと思っていたのに、ハロゲンはハロゲンで何の問題もないのではないかと思えてきてしまうから不思議だ。

結局のところ、圧倒的な光量と白昼色に近い色温度で、最初から分かりやすくフィルムの能力をさらけ出してくれるクセノンランプと、少し見慣れないとその良さが伝わらないハロゲンランプの違いと言えるのかもしれない。結局どちらも同じところに到達するにせよ、その入り口が違うというか。

とはいえ250W程度のハロゲンランプというのは、やはりスライドプロジェクターにとって少々暗すぎたのではないか。例えばクセノンで映写して始めて、銀縁眼鏡のフレームが鋭く反射しているのがわかったり、強い反射を受けた草がつぶれずに解像しているのが分かったりと、それ程多くはないながらもハロゲンで再現できていなかった部分は確かにあったのだ。単純に美しいか美しくないかではなく、フィルムの能力を100%引き出すという観点において言うなら、やはり圧倒的にクセノンプロジェクターに軍配が上がるだろう。

どちらにしても映写において感動するのはフィルムそのものであり、ランプにではない。ランプはあくまでフィルムの能力を引き出す舞台にすぎない。クセノンとハロゲンの画質比較を真剣にやればやるほど、何度もその結論に到達した。このちっぽけな35mmフィルムの中にこんなに広大な世界が収まっている、その事に改めて驚かざるを得ないのだった。この映像を見てなおデジタルは銀塩を超えただの、解像度がどうしたこうしただの、そんな知った風な事を言っていられる人間がいるとは私には想像できない。

もしフィルムが無くなったり、クセノンプロジェクターのメンテナンスができなくなったりして、この映写が地球上から消えるような事があれば、それは人類の財産の大きな損失である。いくら時代の流れとはいえ、そんな事があっては決してならないと思う。

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クセノンのスライドプロジェクター

ELMO OMNIGRAPHIC 550 XENON MULTI。白昼色のクセノンランプのスライドプロジェクターである。長期在庫の新品未使用品。

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重量30kgオーバー。映写の度に腰が心配になる。

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光学パートと本体を取り外してみる。本体の方はハロゲンモデルのオムニグラフィックとほぼ同じだから、コダック互換のトレーやレンズが使える。

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手前に見えるU字型金に、本体の前足を挟んで固定する。右側奥に見えるケーブル二本を本体に接続。一本は純然たるリモートコントロール用のケーブル、もう一本はリモート兼電源供給ケーブルのようだ。

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こちらは送風ファン。ただしここからの風を受ける本体の方には穴があいておらず、どうやら本体の底面を外側から冷やしている様子。

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業務用機器ではおなじみの、抜け防止対策が施された電源コード。ランプ内部は数万ボルトにも達するとの事なので、アース端子もきちんと接続したい。

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さて電源投入。豪快にうなりを上げるファン。やはりうるさい。

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本体を外したままランプを付けてみる。外は快晴だというのに、まるで夜みたいになってしまった。

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本体に戻って、裏側を見てみる。光は右側の丸いレンズを通って本体内に入っていく。断熱用のレンズだろうか?

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本体に光源が無いので、中はガランとしている。光学系はコンデンサーレンズが一枚だけ。

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標準ではT2と呼ばれるコンデンサーレンズが付属してくる。180mm以上の長焦点用だ。140mm以下の映写レンズを用いる場合は、T1と呼ばれるコンデンサーレンズを用意する必要がある。幸いにもエルモ社に在庫があるとのことだったが、ハロゲン用のオムニグラフィックと共通とのことだったので、Omnigraphic 253のそれと入れ替えてすませた。

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ランプ調整やトレー送り修理などのメンテナンスを受けた。もうかなり昔の製品だが、今だにこうしてメーカー修理を受けられるというのが心強い。

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スライドプロジェクターのスクリーン選び - 生地と機構

さて、ここまで注意深く大きさを選定した上で、やっと生地の話ができる。スクリーンというと世の中生地の話ばかりだが、私の経験ではそんなのより大きさの差の方が激しかった。それはともかく、生地について一つだけ言いたいのは、設計の古いビーズは徹底的に避けた方が良いと言うことだ。画面が妙にギラつき、そのギラつきの粒子が粗いので、解像度が低くなった印象を与えてしまう。これは本当にダメだ。

ただウルトラビーズのような設計の新しいビーズならOKだ。変なギラつきもなく粒子の粗さも無く、明るさとコントラストが一気に上がったかのような鮮明な画像が得られる。パールも同様だ。パールとウルトラビーズどちらがいいかというと、もう本当に好みの世界で、ショールームで目を凝らしてみても、どちらの方がいいかは判断がつかなかった。(オーエスのショールームにて自前プロジェクターを持ち込み映写)

それに比べると明らかにホワイト/グレー系は地味である。特にウルトラビーズ/パールを見た後でホワイト系を見ると、かなりショボく見える。ところがホームシアターの世界ではこのホワイト系の評価が高いらしい。あちらの世界の場合、スライドに比べて光が強力なので、スクリーンで明るさを稼ぐ必要が無く、それよりはホワイトの素直な特性を取った方がマッチするのだろう。それと、あちらは鑑賞時間が長いからスクリーンがぎらぎらだと目が疲れてしまうというのもあるかもしれない。

スライドの場合は鑑賞時間が短く、出力もたいして高くないから、ウルトラビーズやパールで鮮やかさを取るというのは十分アリだ。このあたり、ホームシアター関連の記事を鵜呑みにしない方が良い。ただしホワイト系もじーっと見てると確かに深みが感じられるのも事実で、ショールームでとっかえひっかえ見比べた印象だけで選ぶと良くないかもしれない。フィルムだってベルビアとEPNを並べたらどうしても鮮やかなベルビアの方に目が奪われてしまうわけで、でも長く使っているうちにEPNの良さが分かってきたりする。スクリーンというのもそのように長く付き合わないと分からないものかもしれない。

ちなみにphoto.netのスライドプロジェクターの記述では、ホワイト系の評価が高いようである。元記事では「ホワイト以外の生地はMBAのプレゼン用」と断じ、コメンテーター達もだいたいその意見に同調している。私はそこまでは思わない。とにかく旧式のビーズさえ避ければ、他の素材も十分選択肢に入れて良いと思う。

さて最後に機構である。電動だのなんだのそういうのは好みで選べばいいとして、画質に決定的な影響をもたらすのは平面性である。例えばパールかホワイトかなどというのは単なる好みに過ぎないが、画面の平面性については議論の余地無く上下関係が決まっている。一枚板の張り込み式がベスト、次に何らかのフレームを持つ巻き取り式、最後にフレームを持たない巻き取り式である。一枚板の張り込み式は非常に場所を食うし、それに常設なので汚れも気になる。だがその分画像の安定感は素晴らしく、いかにも「幻灯機」と呼びたくなるような画像のはかなさが完全に姿を消し、まるでフラットパネルディスプレイで写しているかのような強固な安定感が得られる。結局ピントに関してはスライド自体が熱でポップアップしてしまうので、スクリーンを平面に保ったところですべてにピントが合うわけではない。しかし平面なスクリーンによる画像の安定感はそれとは別次元の話だ。これは本当にお薦めである。

最後に、正方形スクリーンは国内では唯一オーエスがカタログにラインナップしている。例えば1.8mという大きさでも掛図式スクリーンをナニワ電機等の通販で買うと相当安く入手できる。ただしほとんどのスクリーンメーカーはサイズをオーダーできるので、多少割高になっても自分の好みの正方形スクリーンを手に入れることは可能だ。

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スライドプロジェクターのスクリーン選び - まずは大きさ!

写真の投影スクリーンとなると、まずは当たり前ではあるが正方形のものを選ぶこと。写真は横長だけでなく縦長の映像もあるので、正方形でなければダメだ。横長のスクリーンだと相当オツリが来て見映えがよろしくない。

次に大事なのはスクリーンの大きさである。出来うる限り大きなスクリーンを買おう。私は現在1.8m辺のスクリーンを使っている。これは実は狭い我が家には明らかに大きすぎて、これを広げると部屋のドアが開かなくなってしまう。だから映写中はなんと部屋の出入り禁止である。さらに中央に鎮座するテーブルが大きな投影光を遮る為、それも移動させなければならない。しかしこうした不便を我慢してでも大画面を手に入れる価値はあったのだ。

というのは1.5m辺のスクリーンと実際に比較しての話である。1.5mだとドアも普通に開くことから、当初使っていたのだが、1.8m辺のそれと比べると迫力不足は明らかだった。たかが30cmの差がここまでキクのかと驚いたものである。

ただちょっと注意して欲しいのは、「大画面」というのはどうやら部屋の大きさとの比率で決まるらしいことだ。あなたの部屋が非常に広い場合、1.8m辺でも迫力不足に感じる可能性がある。実際に広いショールームに行って体験したことだが、ああいう広い部屋で鑑賞すると2m辺でもたかが知れている。

もう一つ面白いことを発見した。1.5mから30cm足して迫力が出たのだから、逆に30cm引いて1.2mにするとどうかというと、実はたいして変わらないのだ。それどころか、明るさが強まってむしろ画質がいいとさえ感じる。つまり私の部屋では1.8m付近が迫力を感じるデッドラインで、1.5m以下ならそれ以上小さくてもたいして変わらないということだ。これも部屋の大きさによって決まることであり、余程小さい部屋であれば1.5m辺がデッドラインになることもあり得る。

言い換えれば、中途半端な大きさにするならもっと小さくても構わないということになる。だからアカデミカのブック型スクリーンにもちゃんと意味があるのだ。あれを2倍3倍に引き延ばしたところでたいして結果は変わらない。ならばよりお手軽なサイズにした方がいいし、また、あそこまで小さいと強烈に明るくなり、部屋を真っ暗にせずとも鑑賞できるという実用上のメリットも出て来るのだ。スクリーンはめいっぱい大きいかめいっぱい小さいのに限る、というのが私の結論だ。

ちなみにここでもアカデミカのスクリーンは良くできていて、通常のホワイトマットよりも少しゲインが低くて生地の目が細かい。ゲインが低い(暗い)のは画面が小さいぶん強力に明るいので問題無く、生地の目が細かいのは近距離で鑑賞したときの解像感対策であろう。何かアカデミカばかり褒めているようだが、実際良くできているのだ。

一方、大きなスクリーンは現実的には天井高によって頭打ちを迎えるだろう。スライド用のスクリーンは正方形でなければならないので、最大天地幅がそのまま最大横幅になる。私の部屋の天井はマンションの鉄骨によって一部張り出しているので、取り付け部を含めると1.8mが限界だ。どうやってもこれ以上は大きくならない。そんな風にして部屋の高さめいっぱい使う感じで選べば失敗は無いし、万一失敗したとしてももうそれ以上はどうしようもないのだから、あきらめもつくというものだ。

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フィルムは便利で手軽!

「デジカメは便利で手軽」といわれるが、本当にそうだろうか。確かにパソコンに取り込む分には手軽だ。だが今のようにデジカメもプリント主体になってくると、必ずしもパソコンに取り込む必要は無くなってくる。DPEショップにメモリーカードを渡せば20分ぐらいで仕上がり、オリジナルデータが欲しければCDにも焼いてくれる。こういったPCレスな環境が主流になりつつあるにもかかわらず、相変わらず写真はPCに取り込んでナンボだと思い込んでいる人達がいて、そこの部分だけで手軽だ便利だと主張するのである。プリントを前提にするならばデジタルもフィルムも手軽さは変わらないのだ。

それでも一般ユーザーがデジカメを買う理由は、ランニングコストが安く見えるからだろう。しかしいちいち全部プリントして、挙げ句の果てにCDに焼いてもらっていたら、フィルム代や現像代との差額は僅かになってしまう。その差額でデジカメ本体の値段のモトを取ろうと思ったら、余程たくさんの写真を撮らねばならない。下手したら今のデジカメを償却し切る前に次のデジカメへ買い換えているかもしれない。もしこうなったらフィルムカメラより高く付いていることになる。

では性能面はどうか。確かに高価なデジタル一眼の絵は相当きれいだ。しかし二、三万前後の普及価格帯で比較するなら、実はフィルムカメラの方が圧倒的に高画質なのである。考えてみて欲しい。画質を決定するのはレンズとフィルムの二つだ。そしてどんなに安いフィルムカメラであろうと、この二つの要素のうちの一つ、すなわちフィルムだけは、プロ用カメラと全く同じ条件なのである。これに対してデジカメの場合、フィルムに相当する撮像素子の質は本体価格に比例する。つまり安いデジカメには安い撮像素子しか付けられない。この条件で同じ画質になると思う方がおかしい。

もちろん、画質はそこそこでいいと考えているユーザーも多いだろう。だがフィルムカメラの優れているところは画質だけではない。起動時間が短く、データの書込み時間が必要ないので、デジカメよりもスピーディーに撮影できる。さらにバッテリーの持ちは驚異的で、時々しか撮影しないならそれこそ数ヶ月単位で持つ。万が一切れてもスーパーやコンビニで買えるから気楽なものだ。一度この安楽さに慣れてしまうと、デジカメを使うたびに充電を繰り返していたアレはなんだったのだろうと思ってしまう。

要は使い方にもよるのであるが、一般ユーザーの使用状況から言って、フィルムはデジタルよりも安くて高画質でイージーなのである。デジカメこそむしろマニア向けと言えよう。写真が趣味で大量に撮る人、PCに取り込んで細かくレタッチするのが好きな人にはいいが、そうでない人にまで向いているとは思えない。

にもかかわらず実際の使われ方は逆のようである。子供の運動会でパパママ達のカメラを観察していると、むしろ一眼クラスの方にフィルムが残り、コンパクトクラスはほぼ100%がデジタルになってしまっている。いくら時代の流れとはいえこれは少々行き過ぎだ。ユーザーは合ってないものを使わされれ、その結果フィルム関連事業が圧迫されている。メーカーは例えばNATURAのような安価でまともなフィルムコンパクトをもっとリリースすべきだし、フィルム愛好者はことあるごとに周囲にフィルムを薦めるぐらいしても良いだろう。実際それは劣っているから廃れているのではなく、優れているのに廃れつつあるのだから。

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曖昧なカメラバッグ

これまでは首からカメラをぶら下げるという、「いかにも」なスタイルで撮っていた。これは「オタク臭い」として敬遠する人もいるようだが、私はそういうことがあまり気にならず、それよりもカメラがブラブラしてどうにも歩きにくいのが難点だった。かといってバッグにしまいこんでしまったのでは今度は機動力が落ちてしまう。

そこでその中間の策を思いついた。思い切ってネックストラップは廃し、リストストラップのみにする。ただしずっと手に持っていると疲れるので、気軽に出し入れできるショルダーバッグを併用する。この際、なるべく出し入れしやすいことがポイントだ。いちいちチャックやベルクロを開け閉めしていたのでは機動力が落ちる。となると、最低限の緩衝性を確保しつつ、口の開いたまま使えるバッグがいい。つまり移動中でもあり撮影中でもあるというような曖昧なシーンに対応できるようなバッグだ。

そこで買ってみたのがGDR-101。このバッグ、原則フルオープンではあるが、簡易的なチャックのフタも付いているのがいい。撮影中はフルオープンで使えるし、純粋な移動中はチャックを閉めて中が見えないようにすることも出来る。オプションのカメラ用インナーを使えば緩衝性も出る。ただし防水性能は無いに等しいので、そういうのは適宜ビニール袋等で機材をくるんで対応していく。このような保護性能と機動力のバランスの取り方は、私の「曖昧なバッグ」というコンセプトにぴったりなように思えた。

実際使ってどうかは、今度子供にせがまれてディズニーランドに遊びに行く(というか一日中引きずり回される)予定なので、そこで試してみたいと思っている。現段階ではとてもお気に入りだ。

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G1+S90、フィルムと外付けファインダー、B21レンズを納めた図。もう一個レンズが入らないわけではないが、身軽にスナップするにはこれぐらいがちょうどいいと思う。

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