読売、中国の手に落ちる

本日の首相の靖国参拝を受け、読売が下記のように伝えている。

首相参拝、米政府は日中・日韓関係悪化を懸念

本文冒頭で「米政府は、小泉首相の靖国神社参拝で日中、日韓関係が一層悪化し、北朝鮮の核問題などへの各国の対応の足並みが乱れかねないことを懸念している。」と伝えている。

だが具体的に誰がどう言ったのかはまったく書かれていない。8月の記事だというのに7月のブッシュ談話を繰り返し、挙げ句の果てに「(ホワイトハウス関係者)」というような誰だか分からない者が言ったとされる「『ポスト小泉』を待つしかない」という見解を、米政権の一般的な味方だと断じている。アメリカが参拝に反対していると印象づけたいが為の記事である。

以前の読売の論調は明らかに違っていたと思う。それがいつからか変わってしまったのは、最近になって、中国支社のようなものができてからだ。読売もついに中国共産党の手に落ちてしまったのは残念だ。

さて本日、私自身も参拝に行ってきた。そこで他の参拝者達が口々に「今年は多いねぇ」と言っているのを耳にした。もし彼らの言う通り例年に比べて多かったとして、何社の新聞社がそれを報じるだろうか。相変わらず軽く無視して、国民の大勢が反対であるかのように報じ続けるに違いない。

追記:

その後、今年の参拝者が例年の20万人から5万人増えた25万人だった事が報じられた。

首相も一役?15日の靖国神社、参拝者は25万8千人

が、これは社会面での報道であって、言ってみれば明治神宮の初詣客の賑わいを報じるのと変わらないレベルの報道の仕方だ。読売は決してこの5万人の「民意」を認めようとしない。

5万人の日本人の民意はたった二行の記事で片付ける一方で、たった190人の香港人の民意は浪花節のようにネットリ歌い上げるこのバランスの悪さ。

首相の靖国参拝、香港で8団体190人が抗議デモ

やはり中国の手に落ちた読売。

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太田光 中身はただのオコチャマ

太田光は歴史問題を巡る番組の中で、「戦前の歴史を勉強するのが怖い」と言っていた。その理由は、「それで自分が納得(戦前の思想を受け入れる)してしまったらどうしようと怖い」のだそうだ。

太田はもう40歳を過ぎているというのに、何をオコチャマのようなことを言っているのだろう。戦前の思想が正しいと思えるのなら、それで別に良いではないか。しかし、それでは彼の信念である平和至上主義が壊れてしまい、アイデンティティ崩壊のような状態に陥るとでも思っているのだろう。なんとも皮かむりな男だ。

この大きなコドモが、あろうことか、自分より高齢な世代の人間に向かって、「俺たちの世代はあなた達よりすぐれていると思っている」と暴言を吐いた。冗談ではない。戦争から平和へ、そして高度成長へ、そしてバブル崩壊へ。何度ものアイデンティティ崩壊を乗り越えてきた世代の人間に向かって、お花畑の夢想家ごときが偉そうにものを言うな。

挙げ句、「なんで戦後後すぐに戦争の総括をやってくれなかったんだ!」と、誰ともつかず食ってかかる始末。これも自分で知るのが怖いから誰かやってくれたらと、そういう情けない理由である。戦前が正しいと思うなら大きな声でそういえばいい。もしそれが間違っていたと思うなら、即座に改めればいい。人は常に決断せねばならない存在であるし、その決断はいつでも改める事ができる存在なのだ。こんなことは大人であれば当然知っている事の一つである。

太田は家庭も持っているし、仕事は中堅の域に入って脂がのっているし、どこからどう見ても立派な大人ではあるのに、それが蓋を開けてみたら中身がこんなオコチャマだったというのは、私は少しショックである。道行く大人達の中にもこんな未成熟な人間がいっぱいいるのかと思うと、真剣に今の日本が心配でならない。太田は、歴史だ戦争だ平和だと大げさな事を言う前に、まず自分自身を真剣に振り返った方がいい。はっきり言って、今のレベルでは並みいるゲスト達と議論を交わす資格すらない。

あるいは、こうも未熟な自分の内面をテレビで吐露できるというのは、よほど「いい人」なのだろう。もちろんこれは全然褒めてない。もしそう言われて少しでもほくそ笑むような素振りを見せたら、もう末期症状である。

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日本の責務とトラウマ

元北京大学教授・焦国標氏が説く「日・台・韓の道」
http://www.epochtimes.jp/jp/2006/03/html/d45279.html

法輪功という団体は全く知らないし、実際のところ警戒さえしているのだが、焦国標氏のこの記事自体はまったく正論ではないだろうか。日本が常任理事国入りすることで相応の国際的責任を果たしたいと言うのなら、まずは隣国で行われている専制政治にもっと関心を払うべきだ。

開国以後の日本は、自国の利益第一であったのは当然にしても、しかしそういった利己的な動機だけでは説明できない有形無形の援助を極東アジアに対し行ってきた。私は今でも、そういう「おせっかい体質」は日本人の中に根強くあると思っている。だが日本人のその良心の現れが「謝罪と補償」では、全く助けになっていないどころか、今の専制政治を援助する結果になってしまっていることに、いいかげん気付いたらどうなのだろうか。良心を向ける矛先が完全に的を外しているのだ。

とはいえ、敢えて中国を助けようと声高に叫ぶ気にもなれないのが本音のところでもある。かつて日本はこの種の「おせっかい」によって、自らの首を絞めてしまった。その結果は誰にも感謝されないどころか、あることないこと織り交ぜながら日本を非難する口実になってしまっている。だから私は基本的に隣国の諍いに首を突っ込むのは賛成できない。例えば旧日本軍は国民党と戦って結果的に共産党を助ける形となったし、終戦直後こそそういう「恩」を口にする共産党要人もいたものが、今では殺しても殺し足りないと言わんばかりの酷い扱いである。今また彼らの民主化を助けたとしても、再び恩を仇で返されないという保証がどこにあるのか?焦国標氏にしても法輪功にしても、日本の責務について正論を吐きたいなら、まずこの歴史的経緯について十分な釈明を行うべきだ。そして自らの歴史認識を文章に残る形で示さなければ、相変わらず良心ある日本人達は謝罪と賠償を振りかざしながら現政権を支援し続けるだろう。

もし私たちの先祖がこの記事を読んだらこう言うに違いない。「シナと朝鮮はもうコリゴリ!」 この心情が理解できないなら日本からの助けはアテにしないことである。

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都政で親中派議員をノックダウン

石原都政を支持しているわけではないのだが、今度の都議選では知事に近しい人に投票しようと思っている。

というのは、最近やけに親中派議員の動きが活発だからだ。せっかく小泉政権で中国に対してモノを言える雰囲気が出来上がったのに、ここで親中派議員がゾンビのごとく甦って来る事だけは断じて阻止せねばならない。また、自民党親中派議員はそのまま自民党利権政治のメインプレーヤーだったことも忘れてはなるまい。ほとんど国賊に近いような連中なのである。

石原知事はといえば、私には単なる短気なオッサンとしか思えないのだが、それでもこの人の失脚は親中派をおおいに活気づかせることになる。現実としてこの人は国政に足を突っ込んだ存在なのだ。

先頃やらせ質問問題が暴露され、知事本人の登庁日が極めて少ないという執権政治ぶりが批判を集めた。それに続いてこの親中派議員の活躍ぶりだ。何か陰謀めいたものを感じたとしても不思議はあるまい。おかげで今回の選挙では生まれて初めて石原都知事の筋に投票する事になりそうだ。

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んなことないでしょう

「警察官は犯人を取り押さえるためにいるので、それが逃げるとは何事か。よく状況を精査して注意するように」などと指示した。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20050222i406.htm

とのことなのだが、これはちょっとおかしくないか。

私もテレビを見ていたが、あの状況で警官が静止に入るということは、暴走車に体当たりするような行為に等しかった。もしそれをせよと言うなら、警官は自身の安全の為に発砲するか、もしくは警棒で相手に致命傷を与えなければならなかっただろう。つまり相手か警官のどちらかが大けがをする可能性が高く、下手をしたら死んでしまっていても不思議ではないのである。

そういった状況を見極める為、いったん警官が引く(逃げた)のは仕方の無いことだったと思う。それに逃げたと言ってもほんの数秒の時間だった。「男」はすぐパトカーを奪いに逆方向に走ったからだ。もしこのとき「男」が執拗に追いかけていたら、警官も反撃に出るまでそうたいした時間はかからなかっただろう。

ましてやこの「男」、パトカーを盗もうとするまでは何の「犯人」でもあり得なかったのだ。単なる「不審者」でしかなかったのである。その不審者がパトカーを盗もうとした時、明らかな犯罪となった。その時は別の警官がちゃんと体を張ってパトカーの前に出て制止しているのである。下手したら急発進されて轢かれる可能性があったにもかかわらず、である。

つまり私が言いたいのはこういうことだ。あの場で警官に一歩でも引くなというのは、不審者が不審な行動をとれば即座に攻撃しても良いという許可を与えることに等しい。万が一それが誤解であったとしても、もしそれで「不審者」が死んでしまったとしても、それは公務が適正に執行された仕方の無いことになってしまう。そういう悲劇を防ぐ為にも、こういうことには状況を正確に判断する為の「間合い」が必要なのだ。その間合いを保つ為に、ほんの数秒引くことの何がいけないのだろうか。ガキのケンカではないのだから、「やられる前にやっちまえ」ではあまりにも稚拙と言わざるを得ない。

結果的に警官はこの男を、双方ほぼ無傷で捕まえることに成功しているのである。もしあの時警官が逃げずに応戦していたら? - 今頃殉職者が出ているか、もしくは不審者が二度と真相を喋れない体になっていても不思議ではない。

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道路公団民営化 その後は?

内閣改造で政治が賑やか。そういえば道路公団民営化はその後どうなったのだろう。

(9/3)高速道の値下げ財源「国費投入は不要に」・国交省

確かに値下げ分を税金で補填していたんでは、民営化の意味が全くない。「閣議決定に反する」ことを平気でやろうとする国交省は、やはり猪瀬直樹氏のような人が見張っていなければダメということか。「要求に盛り込んだ政策をわずか3日で事実上、撤回する異例の事態となった。」という当たり、いかにもコソコソという感じがにじみ出ている。やることがみみっちいというか。

猪瀬氏といえば、民営化決定後のテレビ番組で、出演者からボロクソ言われていたのを見た事がある。田中康夫氏など、「点数の付けようが無い」と酷評していた。猪瀬氏も言いたい事があるならもっとガンガン言い返せばいいのに、どこか覇気がなかった様は、「公団側に取り込まれた」と言われたら信じてしまいそうな雰囲気でもあった。

「もしも道路四公団を民営化しなかったら?――地方高速道路公社の姿が映し出す、道路四公団が『民営化しなかった場合』のもうひとつの未来」

これが猪瀬陣営の言い分と言っていいだろう。名古屋高速が750円に値上げされた一方、それよりも債務の重い首都高速が700円の現状を維持しているのは確かにすごい。首都高速が民営化しなかったらあっという間に1000円だ、という言い分には十分なリアリティがある。実際、民営化以前に更なる値上げの動きがあったのだから。名古屋を含む三つの道路公社と、40の地方道路公社が民営化されなかったのは残念だが、首都高を含む道路四公団に今後値下げ圧力がかかっていけば、残りの公団も値上げし放題というわけにはいくまい。

それにしても民営化決定後もきちんと見張り役を務めている猪瀬氏は立派だなと思う。偉そうなことを言うだけいって、ボロボロ辞めていった委員たちは今一体何をやっているのだろう。どんなご高言であっても、行動が伴わなければ何の意味も無いのではないか。民営化委員会の仕事は案をまとめるだけとは言え、言うだけ言ってあとは知りませんでは説得力が無い。

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こくれん

首相、国連演説で平和の貢献と常任理事国の能力強調へ

そういえば小学校の頃、「常任理事国というのは強い国で構成されているんです。だってそうでなきゃ何かあったとき、弱い国が常任理事国でもしょうがないでしょ」と教えられたのを思い出した。

それはそうかもしれないのだけど、それ以前に「第二次大戦の戦勝国の組合みたいなもん」っていうのもちゃんと教えて欲しかった。

もし日本が常任入りしたら、これこそ「戦後政治の総決算」ってやつなのかもしれない。もちろんそれだけがすべてとは思わないけど、こうして少しずつ、敗戦の影響から抜け出していくのは大事な事だ。

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