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曖昧なカメラバッグ

これまでは首からカメラをぶら下げるという、「いかにも」なスタイルで撮っていた。これは「オタク臭い」として敬遠する人もいるようだが、私はそういうことがあまり気にならず、それよりもカメラがブラブラしてどうにも歩きにくいのが難点だった。かといってバッグにしまいこんでしまったのでは今度は機動力が落ちてしまう。

そこでその中間の策を思いついた。思い切ってネックストラップは廃し、リストストラップのみにする。ただしずっと手に持っていると疲れるので、気軽に出し入れできるショルダーバッグを併用する。この際、なるべく出し入れしやすいことがポイントだ。いちいちチャックやベルクロを開け閉めしていたのでは機動力が落ちる。となると、最低限の緩衝性を確保しつつ、口の開いたまま使えるバッグがいい。つまり移動中でもあり撮影中でもあるというような曖昧なシーンに対応できるようなバッグだ。

そこで買ってみたのがGDR-101。このバッグ、原則フルオープンではあるが、簡易的なチャックのフタも付いているのがいい。撮影中はフルオープンで使えるし、純粋な移動中はチャックを閉めて中が見えないようにすることも出来る。オプションのカメラ用インナーを使えば緩衝性も出る。ただし防水性能は無いに等しいので、そういうのは適宜ビニール袋等で機材をくるんで対応していく。このような保護性能と機動力のバランスの取り方は、私の「曖昧なバッグ」というコンセプトにぴったりなように思えた。

実際使ってどうかは、今度子供にせがまれてディズニーランドに遊びに行く(というか一日中引きずり回される)予定なので、そこで試してみたいと思っている。現段階ではとてもお気に入りだ。

dscn2700

G1+S90、フィルムと外付けファインダー、B21レンズを納めた図。もう一個レンズが入らないわけではないが、身軽にスナップするにはこれぐらいがちょうどいいと思う。

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フォトシネマも勝負は素材

続いてフォトシネマの話題。使い始めた当初、これは「失敗写真救済ソフト」だと思っていた。テーマのはっきりしない写真でも、LiFEのエフェクトを通すとそれっぽく仕上げてくれるからである。

しかし、考えてみれば当たり前のことであるが、やはり素材の良さがあってこそフォトシネマも生きる。そう痛感したのは友人のポジスキャン画像でフォトシネマを作った時だった。彼はNZ在住のライター兼カメラマンみたいな人なので、写真そのものが良かったし、また丁寧にスキャンされたポジ画像もその辺のデジカメでは得られない美しさを放っていた。

そういった素材で作られたフォトシネマは、私の拙い腕にかかっても、圧倒的に高品質なフォトシネマに仕上がった。中にはフォトシネマで画質にこだわるなどナンセンスと言う人がいるが、それはとんでもない間違いだ。前回フィルムスキャンによるフォトシネマを薦めたのは、間違いなくそれでデジカメとは違った味が出るからだ。フォトシネマもやはり最後は素材勝負なのである。

それをまた痛感されたのが以下の作品。今のところこれ以上素晴らしいと思えるフォトシネマは見たことがない。

斎賀和彦
「東京写真美術館」
http://homepage.mac.com/saikatyo/photocinema/tokyo2002/index.html

丁寧に作られた人形、丁寧に撮られた写真、丁寧に作られたフォトシネマ、それらが三位一体となって凄まじい質の高さとなっている。

注目したいのは、このフォトシネマがさほど凝ったことをやっていない点だ。エフェクトはLiFEユーザーが見飽きるぐらいよく使われるものだし、曲はソフトにタダで付いてきたものを使っている。にもかかわらず全く見飽きた感じがしないのは、一つには人形という被写体の新鮮さもあるだろうが、それぞれの分担で質の高い仕事がなされているからに違いない。ここではフォトシネマのエフェクトはあくまで「従」であり、「主」ではないのである。それに対して冒頭に述べた「失敗写真救済」という考え方は、エフェクトが「主」で素材が「従」になってしまっていた。そこが間違いだった。

確かにLiFEの画質が悪いのは事実だし、エフェクト勝負になって飽きやすいのも事実なのだが、こうした作品を前にそのような文句を言う気にはなれない。やはり勝負は写真の良さとムービー制作のセンスだ。

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