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G1という隠れ家

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モノというのは一度凝り始めるときりがない。一旦高い買い物をしたとしても、すぐ後から出て来る新製品達にやきもきしたりするものだ。また、所有してみて始めて分かる欠点というのもあって、これがまた新たな物欲を生んでしまう。

だから、ある意味で最もお得な買い方をしたいなら、そういう競争の流れから一歩身を引いたところに自分を置けばよい。色々あるけど自分はこれでいいと思えるような一品に出会えたらそれは非常にラッキーである。

最近買ったContaxのG1は私にとって、これを地で行くようなカメラだ。異常に写りがいいのにも関わらず、中古価格がとにかく安い。またコンパクトで軽くできており、気軽に持ち歩けるし、人にレンズを向けてもさほど警戒されなくてすむ。高級コンパクトカメラのおいしいところを併せ持つレンズ交換式カメラというわけだ。

ではなぜこれが安いのか。答えは簡単、ボディの性能が悪いからだ。良く外すといわれるAF、かといって目視でピン確認できないMF。シャッターボタンを押してから実際にシャッターが開くまでの悠長なタイムラグ、一種類しかない測光方式。などなど、欠点を挙げるのには誰も苦労しない。Gシリーズの取り柄はひたすらに写りの良さ、それを支えるレンズのみなのである。

じゃあそのレンズは高いのかというと、これまた安い。それはおそらくGシリーズ以外のボディに安くマウントする方法がないからだ。Gレンズを使いたければ性能の悪いGボディを使うしかないという事で、高い値段は付けられないのだろう。市場は正直だ。

だからGを持つなら、そこには必然的に割り切りが生まれる。あれダメこれダメの世界の中で、ただ安くて写りがいいという、その一点のみに持つ意味がある。もちろんお金を出せばもっといい機械が買えるのは知っている。しかし私は、敢えてここで踏みとどまると言うストイックさに酔っている。今だ百家争鳴、ウンチクやかましい銀塩カメラ界の中にあって、この隠れ家的な住み心地はかなり気持ちいい。

そういう風にある種隔絶されたモノ選びというところでは、例えばTC-1などもそうだろう。写りに関してはとにかく抜群の良さだ。ただ、TC-1はG1と違って偉く人気があって、中古価格も高値を維持している。その独特なデザインによる迫力は、持っているだけでも自己満足に浸れるだろう。そんな自己満足には程遠い、凡庸なデザインのG1とはまったく違う。

Gは京セラのおおざっぱなマーケティングと、ツァイスの真面目な部分が偶然合わさって出来た、時代の落とし子だ。鳴り物入りで登場した「復活」ホロゴン16も、今や京セラ自身に見捨てられたGシリーズで使う他は無い。だがこうした薄幸さも、隠れ家にはむしろ相応しい。誰に見せびらかすでもなく、カメラ界の表通りから遠く離れた路地裏で、ひっそりと自分の写真を撮り続ける。それはこれからますます大きくなるデジタル化の波の中にあっても、決して静寂を失う事は無いだろう。

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