« September 2004 | Main | November 2004 »

「質感」てナニ?

クルマでもカメラでも何でも、モノとしての「質感」の善し悪しが話題になる事が多いが、これは厳密にはどういう意味なのだろう?

クルマなら例えばチリが合ってるとか、塗装に変なムラがないとか、そういうのであればわかるのだけど、彼らの話を聞いていると、必ずしもそういうことではないらしい。例えば「インパネの質感が悪い」という時、別にあちこち叩きまくって立て付けをチェックしたわけでもなく、ただ単に見た目の問題として捉えられている事が多い。

カメラでもそうだ。「あのカメラは気になってたんだけど、お店で実際見てみたら質感が悪くてガッカリした」などと言う。ただ単に見た目の問題なら、かっこ悪いとかいいとか、あるいは好き嫌いだけ言えばいいものを、なぜわざわざ質感などという言葉を持ち出したがるのだろう。

試しに英辞郎で「質感」という言葉を英訳してみる。すると、「texture」という事になるのだそうだ。このtextureを逆に和訳すると、「生地、織り目、組織、構成、きめ、風合い、テキスト性」ということになるらしい。生地、きめ、風合い。どうやらこのあたりにヒントがありそうだ。

すなわち高級な生地に触れた時の肌の感触、ひとたびそれを知れば、流れるような絹の写真からその肌触りを想像できるようになる。彼らの「質感」はきっとこれに近い。ただ単に見た目のことならず、どこか手や肌に触れた時の感触のようなことをイメージしながら善し悪しを語っているのではないだろうか。

とはいえ実際に目をつぶってそれを撫で回してみたりはしない。とりあえず手には取るだろうが、やはり見た目で判断される部分が大きい。つまり実際の手触り等はまた別の評価項目として独立しており、「質感」とは例えば、触らないでも触った時の心地よさを想起させてくれるような、あるいは実際に触り心地は悪いんだけども見た目は感触が良さそうな、二重三重にバーチャルな見立てによって成立している気がしなくもない。

一方、研究社の英和中辞典で訳すと、「the feel of a material」ということになっている。これもなかなかうまいところを付いている。materialには素材や材料という意味があり、もちろん全体としてのカタチの意味も無くはないのだろうが、全体としてのデザインやまとまりよりは、鉄やプラスチックといった素材そのものを重視していることを教えてくれる。この感覚は、どんどんディティールに入り込んでいきがちな日本のモノ作りの伝統と関係しているようにも思える。日本の伝統的なモノ作りにデザインが欠けていたとは思わないが、少なくとも工業製品に関していうと、全体のデザインよりは細部の方が得意だと思わされる事が多い。それで消費者の方も、全体のデザインを真剣に検討するというよりは、各パーツの仕上げの良さなどをつぶさに見ている事が多いというわけだ。そう、おそらく「質感」の対に当たる言葉は「デザイン」だろう。後者はただの好きずきで片付けられるのに対し、前者はそういう怠惰な個人主義を飛び越えて割とおしつけがましく語られたりする。いかに彼らにとって「質感」が大きな評価項目であるかが伺い知れよう。

私もその評価軸は分からないでも無い。例えばよく磨かれた刀は、見ただけで鋭く、冷たいものだ。ただ、その質感とは機能の一部であり、デザインの一部であり、決してその域を脱する事は無いと思う。錆びた鉄だってデザインすれば芸術になる。安っぽいプラスチックでもそれを前提にデザインされていればマイナスにはならない。どうもそういう全体的な脈絡を切り離して、個々のパーツだけねちねちチェックするような風潮があるような気がする。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

インク詰め替えとカートリッジの寿命

cp1160というプリンタをインク詰め替えで使っている。このプリンタ、最初から詰め替えインクの使用が想定されているようで、ご丁寧にインク残量ゲージの無効化方法がマニュアルに書かれていたりする。残量ゲージを無効化するとインクの残りが分からなくなるが、そこは定期的に補充する方法で対処している。そこまでの手間をかけてもいいぐらい、詰め替えインクは安い。(というか純正カートリッジが高い)

そういう風に快適に、安くプリントできていたのだが、ある日突然インク不足を示すアラートが点き始めた。残量ゲージは無効化したはずなのにおかしい。とりあえずインクを補充するも、アラートは消えず、ついに印刷不能となった。

そこでしぶしぶ純正カートリッジの新品を買って来て装着すると見事復活。どうやら詰め替えインクを使っていても、そのうちカートリッジそのものがダメになってしまうようだ。ちなみにcp1160はヘッドが独立しているので、ヘッドの寿命とは関係ない。純粋にインクカートリッジそのものの寿命だ。きっと中のスポンジでもダメになってしまうのだろう。

ちなみに新品の純正カートリッジを入れたら、インク残量ゲージも見事に復活した。どうやら残量ゲージの無効化とは、本体側を無効化するのではなく、そのとき装着されているカートリッジそのものに対して無効化するようだ。つまり、改心して(?)純正カートリッジを使いたくなったらいつでも元に戻りますよというわけ。

よく考えてみれば、残量ゲージを無効化してさえカートリッジの寿命を教えてくれるのなら、むしろ親切ではないかという気がしてきた。もともとデザインと前面給紙が気に入っただけでたいして深く考えずに買ったものが、何となく愛着がわいて来た。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

T5とT3

ついにT5正式発表。

http://www.palmone.com/us/products/handhelds/tungsten-t5/

噂通り、やっぱりスライド無し。T3のスライドは、持ち運び時コンパクトにするためと説明される事が多いけど、PPCは既に縦に長いのが多いから、それでも問題ないっていうことなんだろう(たぶん)。

それよりも自分はバーチャルグラフィティエリアっていうのが好きになれない。あれが同一画面内にあると、写真の下に妙な余白でもあるかのような、デザイン的なアンバランスが目立って嫌なのだ。そんなわけでハイレゾ非対応のソフトはほとんどスライドを閉じて使っているのだが、T5ではそれができなくなってしまう。なんだかんだ言ってもまだ非対応のソフトの方が多いぐらいなので、そういう時はいつもバーチャエリアを目にしなくてはならない。

神経質な事を言っているように思われるかもしれないが、PDAとか携帯電話とかいった小さなモバイル機器は、手でホールドした感じだけで買う気になったりならなくなったりするような、そういう繊細なものだと思う。敢えてTungstenやZireを買うような人は、多かれ少なかれそういう細かい部分が気になるからこそクリエやPPCを避けているはずだ。

逆にスライド無しでうらやましいのは、可動部を持たない故の剛性の高さだろうか。スライドさせるとどうしてもカタカタ動いてしまう。手の中でカタカタ動けば、それを押さえようとして、つい手に力が入っている事も考えられる。慣れたような気になっても、長時間使った後の手の疲れに差が出て来たりするかもしれない。まあそれ以前に、がっしりした小さなものを手で握る事それ自体快感でもある。T3もスライドを閉じれば剛性感は高いので、ここでもまた閉じて使う理由が出てくる。

というわけでT3は基本的に閉じて使うものと思っている。そこがT5との、スペック以上の使い勝手の違いになって現れてくると思われる。つまりハイレゾ非対応ソフトを使う割合が多いならT3、そうでないならT5という具合に自分の必要性を見極める事が出来そうだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« September 2004 | Main | November 2004 »